11月18日(土)、日比谷線から六本木駅に到着すると、そこはスマホ劇場だった。自分の居場所が、常に表示される中、待ち人来たらずとも、画面の中に没入していた。
d0341616_18304516.jpg
黒川紀章設計の、国立新美術館へと誘われた。
d0341616_18333311.jpg
地上に昇ると、そこは、巷のうわさ、異様に賑やかなセレブたちの歓楽の都・六本木とはうって変わった、ちょっと華やいだ静かな田園都市だった。人工と自然が、ちょっと不思議な調和を魅せていた。
d0341616_18382851.jpg
六本木を散策しつつ、並木通りをゆくと、自然との新たな調和を実現した、田園都市の静かな佇まいが封印されていた。
ベートーベンの「田園交響曲」の似合う都市、その名は六本木、時の流れの中で、寺山修司の「田園に死す」を垣間見ることだろう。
多国籍都市・東京の「静かな劇場」は、まだ幕を上げたばかりなのだ。
d0341616_18472548.jpg


More
[PR]
# by lotusflower7 | 2017-11-19 18:22 | シティのせかい | Trackback | Comments(0)
11月18日(土)、私は「シャガール 三次元の世界」を見に東京ステーションギャラリーに行った。
丸の内から階段を昇ると、東京駅は一部工事中だった。何がが始まる予感がした。
d0341616_17274506.jpg
都市ステーションは、多国籍都市のめくるめく交通の交差する賑やかな場所であるかに見える。そこは、文字通り東西南北、北は北海道から、南は九州、西は大阪、東は東京、海外からの旅人など行き交う。騒がしき雑踏と思われる。
しかし、東京ステーションのドームに包まれたニッポンの21世紀の広場は、、意外に騒がしくなく、ある種の調和した空間になっていた。どこかイタリアのローマの広場を呼び覚ます。
そこは、静かな劇場なのだ🎵
d0341616_17412928.jpg
東京ステーションのドームが地上に写ったかのような地上面は、イタリア風のどこかとらえどころのない、空中散歩しているかのような、ちょっと奇妙な浮遊感が漂っていた。
d0341616_17461387.jpg
自分の居場所の軌跡が、常にスマホで、Googleマップで、管理されるスマホ時代、SF未来都市は今や実現していた。
多国籍都市・東京ステーションの、とらえどころのないある種の静けさは、来るべき「東京事変」の前触れか?
ニッポンの新たな広場の文化の先駆けなのか?
そんな中で、朝10時の東京ステーションギャラリーの開館を前に「マルク・シャガール 三次元の世界」を整然と行列して待ち受ける人たちの姿に、ニッポンの芸術文化の成熟を見る。
d0341616_18033160.jpg



More
[PR]
# by lotusflower7 | 2017-11-19 17:20 | シティのせかい | Trackback | Comments(0)

回顧から再生へ

写真展「回顧から再生へ」 丹沢美術館にて

HANA


私が、この美しい地球という星に生を受けたのは、10月はたそがれの国、名古屋の大学町だった。

落ち着いた町の、自由な雰囲気の静かな環境で、ナチュラルな都市空間をテーマに写真を撮り始めた。父は美術史家だった。

比叡山の千日回峰の行者さんから聞いた「一隅を照らす」という言葉が、何となく心に響いた。その頃の私は、「いま」「ここ」ではない「どこでもないどこか」に居場所を見つけようとしていた。

そして、2000年を過ぎる頃、遠く北の果てで、写真作品作りをしていて、種差海岸の造形に出会った。それは地球的規模の造山運動の縮図、ミニチュアの世界風景だった。その頃の、私は「どこか」遠くの、未来に幸せを探していた。

そして、2009年、秦野に帰ってきた私は、丹沢美術館に人生の居場所を見出した。千佳・花・沙羅の三姉妹の猫も家にいた

しかし、2016年の暮れ、突然の肺がん手術で入院した。良き外科医に恵まれ、生還した私は、人生の原点を実感を通して知らされた。

それは、比叡山の「一隅を照らす」という言葉であり、子どもの頃読んだ、中村元先生の「ブッダの言葉」の一節だった。西巻一彦さんの「紡ぐ」から新たに見出した。

過去を追わざれ 未来を願わざれ

過去はすでに捨られ 未来は未だ至らず。

……

今日なすべき事のみを熱心になせ

誰か明日の死を知らん……

私は、ガンから生還して、秦野で、「いま」「ここ」に幸せが届いていることに気づくことができた。


ナチュラルライフアート写真

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

中村 元(翻訳)/岩波書店

undefined






[PR]
# by lotusflower7 | 2017-11-15 16:55 | アートのせかい | Trackback | Comments(2)

私の生きものがたり

私の生きものがたり

HANA

いま、最も大切なのは、新たな時代の《想像力》ではないか?

雛祭りも過ぎる弥生の佳き日、はたちの猫、ナナちゃんと和やかな時を共有した。百年もの歳月を経た、雛調度と箪笥の見守る、ゆるやかな時の流れの中、籐椅子で過ごすはたちの猫の姿形から、受け継がれてゆく家族の歴史を彷彿とさせた。

そんな新春の或る日、命の絆の大切さを気づかされる象徴的な出来事があった。

2017323日(木)、秦野のギャラリーぜんでひらかれた「俺の丹沢」を見にゆく。とりわけ印象に深く刻まれたのは、丹沢の山あいの道に現れる「鹿」の写真だった。

それは、のどかな里山のほのぼのとしたワンシーンかのように見えた。しかし、話を聞くと、丹沢の鹿の数が激減している。貴重な山の植物を食い荒らすので、猟銃で撃たれて駆除されているという。

森は手入れされず、荒れ果てて、鹿も居場所を失い、食べ物がなく里へ降りてきて、農作物を荒らす害獣になっている。もし、人に危害を加えたらという危惧から、熊も簡単に射殺されている。あまりにも粗雑な、杓子定規な対応に唖然とする。

秦野の山間でも、第二東名建設のため、山が切り崩され、懐かしい里山の風景が、跡形もなく消えてゆき、鹿もやはり駆除されてという。

時を同じくして、巨大霊園建設のため、渋沢丘陵もすでに破壊されてしまった。

最近の開発に、ある種の空虚なトーン、リアリティのなさを感じるのは、私だけだろうか。

それは、私たちの生きる時代の《想像力》の衰退を物語るエピソードではないだろうか?

美しき花の舞台では、今日も蜘蛛と蟻の命のドラマが繰り広げられている。

田舎家の台所では、猫とねずみのいたちごっこが展開されている。

畑の葉っぱの上では、群生する毛虫と追い払う人間の手の駆け引きがされる。

丹沢の麓では、不意に現れる狸のユーモラスな姿がペーソスを誘う。

忠実な番犬に、子どもが咬まれて、命を落とすこともある。いたずら好きの猫と遊んでいて、引っかき傷に皮膚科へ走ることもある。

そんな時でも、見境なく犬、猫を駆除しようという企ては聞かれない。命の絆の大切さに私たち人間は気づいているのだ。

熊や鹿が里山に出現しても、大丈夫であるような、より丁寧な自然とのかかわりが必要ではなかろうか。

里山は、そこに暮らす生き物たち、熊、鹿、狸にとって住み心地良い時、実は人間にとって住み良い環境になるのだ。

命の絆を大切にする《想像力》こそ、今、切実に求められているのではないだろうか?

ナチュラルライフアート写真

わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

金子 みすゞ/JULA出版局

undefined

大漁

朝やけ小やけだ

大漁だ

大ばいわしの

大漁だ。

はまは祭りの

ようだけど

海のなかでは

何万の

いわしのとむらい

するだろう。

金子みすず童謡集 『わたしと小鳥とすずと』から



[PR]
# by lotusflower7 | 2017-11-15 16:25 | エセーのせかい | Trackback | Comments(0)

あなたの10月の思い出

私は、10月31日、平塚の花菜ガーデンに行ってきました。秋晴れの庭園に香り豊かな、美しきバラが咲いてました🎵
d0341616_19384057.jpg
特色豊かな薔薇が、湘南の街角の行き届いた季節感溢れる庭園を散策しながら、見学できます。チェコの園芸家、カレル・チャペックの家と庭のイメージを呼び覚まします。

富士山を眺めつつ、家路を帰り、秦野の「Fleur HANAMOTO」で小さな冬の薔薇を見つけました。
季節の花彩るwindow
d0341616_19514886.jpg
とてもおしゃれな雰囲気で、フリージア、スターチースなど、季節を彩る花を魅せる、素敵なスポットです。
庭先に植えた薔薇が、10月はたそがれの国の、良き思い出となりました。
d0341616_19571647.jpg
11月16日の朝は、ひときわ寒く、冬の薔薇にも露が降りていました🎵
d0341616_21255232.jpg


More
[PR]
# by lotusflower7 | 2017-11-13 19:34 | エセーのせかい | Trackback | Comments(0)

花のまなざしから、こころに響くアートのセカイ、描きます 


by HANA