ゲーテ格言集から

人生は、いかに平俗に見えても、またいかに日常陳腐なもので容易に満足するように見えても、やはり常に、あるより高い要求をひそかに抱き、養い続けており、これを満足させる手段を探している。

山と谷を越え、
迷いに迷いをかさねたのち、
再び広野に出るが、
そこはまたあまり広すぎて、
いくばくもなくまた新たに
迷路と山を求める。

人生は悪しき冗談なり。
ゲーテ「西東詩集」から

人生は色どられた影の上にある。
ゲーテ「ファウスト」から

ゲーテ格言集から




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by lotusflower7 | 2016-08-02 10:39 | エセーのせかい | Trackback | Comments(0)

どこへ向かって走るか、なんてわからない。でも、人生行路を、いっしょうけんめい走ることこそ、素晴らしい。
もし、それが人生なら…太宰治のワンフレーズが、いつもリフレインします。


……けれども、それでも走りたいのです。いのちがけで、やってみたいのです。誰にほめれれなくてもいいんです。ただ、走ってみたいのです。無報酬の行為です。幼時の幼い木登りには、まだ柿の実を取って食おうという慾がありましたが、このいのちがけのマラソンには、それさえありません。ほとんど虚無の情熱だと思いました。それが、その時の私の空虚な気分にぴったり合ってしまったのです。
 私は局員たちを相手にキャッチボールをはじめました。へとへとになるまで続けると、何か脱皮に似た爽やかさが感ぜられ、これだと思ったとたんに、やはりあのトカトントンが聞えるのです。あのトカトントンの音は虚無の情熱をさえ打ち倒します。

...

「人生というのは、一口に言ったら、何ですか」
と私は昨夜、叔父の晩酌の相手をしながら、ふざけた口調で尋ねてみました。
「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」

太宰治『トカトントン』 から


ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

太宰 治/新潮社

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by lotusflower7 | 2016-07-30 13:52 | エセーのせかい | Trackback | Comments(0)

愛の狩人は 鷹に似て高きより獲物を狙う ジル・ヴィセンテ


いきなり心を矢で射るフレーズ

コロンビアのノーベル賞作家 ガルシア・マルケスの『予告された殺人の記録』の冒頭の詩である。

...

自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。やわらかな雨が降るイゲロン樹の森を通り抜ける夢を見た。夢の中では束の間幸せを味わったものの、目が覚めたときは、身体中に鳥の糞を浴びた気がした。


ガルシア・マルケスは

まさに

人生そのものの、哀しみと怖さを、短い冒頭の一節で、呼び覚ますのだ。

それにしても、人の心に深く迫る文学のテーマが

人生の楽しみや喜びよりも、苦しみや哀しみなのは、なぜだろうか?


予告された殺人の記録 (新潮文庫)

G. ガルシア=マルケス/新潮社

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by lotusflower7 | 2016-07-29 09:47 | エセーのせかい | Trackback | Comments(0)

もし花に人生を託すなら


花に人生を託すなら

陽のあたる道に咲き乱れる山茶花は、庶民的な暖かさ伝わる花

されど

足の踏み場のないくらい降りしきります。

風雅な茶室に調和する冬椿は、ポトリ落ちるきれいな最期です。

もし花になれるとしたら

山茶花?

それとも


冬椿?


冬の陽に咲く山茶花


私の暮らす秦野は山茶花の美しい季節になりました。
くずはの森は天然の湧き水もあり、鹿も出現し、蛍のひかりに遇えます。
冬枯れの陽に咲いている山茶花は、まちに暮らすひとのこころをほっこりさせてくれます。
2013.2.15



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by lotusflower7 | 2013-03-11 23:23 | アートのせかい | Trackback | Comments(2)

花は人生を映し出します

薔薇と菊を活けてみました
美しき薔薇は命短し

3日で散りゆき

芯の強き菊は命長き

30日の生です。

もし、花のように生きるなら

薔薇それとも菊?

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by lotusflower7 | 2013-03-11 23:10 | アートのせかい | Trackback | Comments(0)

花のまなざしから、こころに響くアートのセカイ、描きます 


by HANA